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残留孤児訴訟 終結へ

残留孤児、支援受け入れ 全国の15訴訟終結へ(アサヒ・コム)

(以下抜粋)

永住帰国した中国残留孤児に対する新たな国の支援策について、全国の国家賠償訴訟の原告団と弁護団の代表が8日、東京都内で会合を開き、基礎年金の満額支給と給付金制度の創設を柱とする与党案を受け入れることを決めた。孤児の9割近い約2200人が全国15カ所で起こした訴訟の終結方針も決定。残留孤児支援をめぐる問題は決着する見通しとなった。

新支援策は、生活保護の収入認定制度と似た運用が取られるため、これまで孤児側は「生活を監視される」などと反発していた。このため与党側は、厚生年金などの収入についても3割程度を認定の対象から外すと決定。さらに、国のこれまでの対策が不十分だったと認め、新支援策を孤児の「人間としての尊厳」や「老後の生活の安定」を基本方針とする見解を盛り込むことにした。

 これを受けて孤児側は「実質的に収入認定制度を除去できる設定で、約60年にわたる苦しみに対する配慮やねぎらいに満ちたもの」と与党案を評価。受け入れを決めた。

 与党は秋の臨時国会に関連法案を提出し、08年1月から支援策をスタートさせる方針。孤児側は支援策の立法化を受け、和解や取り下げなどで損害賠償の請求権を放棄し訴訟を終結させる。

(以上)

というわけで、私が弁護士になって以来、ずっと取り組んできた中国残留日本人孤児の問題が全面解決へ向けて動き出しました。

安倍政権の参議院選挙向けのアピールという面は否定できなくて、どうかな~という思いもありますが、これで、残留孤児の方々の苦労が少しでも報われれば、それはやりがいのある仕事だったのではないかと思います。

思えば、私が弁護士になったのは2002年10月で、翌2003年の2月ころに1回目の集まりがあり、正式に弁護団が結成され、京都では2003年の9月に提訴になりました。そういう意味で、ほんとに、私のこれまでの弁護士生活の大半を占めていた事件でした。(いえ、他の事件を手抜きしていたという意味ではなくて。どの事件も頑張ってますよ。)

今日は、京都での支援の方々の会議にも出てきて、この間の経過報告などもあったのですが、やはり感慨深いものがあります。

支援の方々とは、提訴した後の2004年夏に満州現地視察(という名の旅行)をしてきたのですが、今回も「解決したらまた中国に行きませんか」と言われて、ほんとは行きたいのですが、今は手のかかる子どもが2人(ちなみに、ようちゃんは7月7日が1歳の誕生日でした。おめでとう!!!)もいますので、丁重にお断りしました。

ほんとは行きたいのですけどね…

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tocchi1976

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某所(旧ブログを見ればすぐに分かります。このブログでもいずれすぐにわかります。)で弁護士をしています。このブログを開設した時点で7年目です。



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