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満州

先日、残留孤児訴訟の弁護団会議があった。
議題はもちろん大阪訴訟判決。
次に続く弁護団としては、なんとしても乗り越えなければならない。
我が京都弁護団には強力な顧問(?)であるM老師がついている。
この夏も、暑い京都から脱出して調査研究活動をされるとのことで、力強い(うらやましい?)。

M老師、実は私と同い年。
さらに言えば、共通点はそれだけではなくて、もう一つ、重要な共通点。
それは満州移民の3世ということ。

前のエントリーの中で「おもひでぽろぽろ」の舞台はとなりまちと書いたり、
コメントの中では東北出身などとも書いているので、
見る人が見ればすぐにわかるのだが、私は山形県の出身。
山形県は、長野県あたりと並んでたくさんの満州移民を送り出した県で、
京都訴訟の原告団長や、全国原告団の顧問をしているS氏、尋問を担当したHさん、
みんな山形県から満州に行っている。
私の祖母も同じように満州に渡っていった。

祖母は、敗戦直後に引き揚げることができた。
この訴訟に取り組むまではちっとも思わなかったが、何たる幸運。

私の父は満州から帰国して再婚した後生まれている。
祖母の前夫は徴兵されて亡くなったという。おそらく根こそぎ動員。
祖母は私が小学校6年生の時に亡くなった。
そんな時分に、自分が将来弁護士として残留孤児訴訟に取り組むなんて思うはずもないから、
満州のことなんかちっとも聞いたことがなかった。
父に聞いても、祖母は満州時代のことはあまり語りたがらなかったという。

一番上の伯母さんは満州から引き揚げている。
先日、いとこの結婚式のときに満州のことを少し聞いてみたが、
大変だった、と言われ、それ以上聞くのをはばかられた。
ちなみに、伯母さんの妹(私からしたら伯母さん)は、当時まだ幼く、
引き揚げ船に乗っているときに祖母の背中で亡くなった。

残留孤児訴訟の話が来たとき、ちょっと迷った。
何となく後ろ暗さを感じたから。
日本に帰って、豊かさを享受して生きている者の後ろ暗さ。
それまで意識することはなかったけれど、
原告の方々を前にしたときに、あらわれる後ろ暗さ。
だけれども、後ろ暗さだけでとどまってはいけないと思う。尽力しようと思う。
だから、ほかの弁護団にご迷惑をおかけしながらもこの訴訟に取り組んできた。
ボランティアのSさんやTさんが、残留孤児のために尽力したのがよくわかる。

そしてM老師。
自分がM老師の立場だったら、M老師のようになれただろうか。
たら・れば、と考えても仕方がないということは分かっているつもりだが、
そう考えることが、
自分をもう一歩前へと踏み出させる力になる。

M老師へ、今度サシで一杯飲みましょう。

コメント

飲みましょう。先日のコメントはまだ途中だったし。
では、中国から戻ってから、日程を調整しましょう。

M.Mさん、コメントありがとうございます。
中国からのみやげ話と研究成果、楽しみにしています。
先日の朝日新聞の投稿、よかったですよ。

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某所(旧ブログを見ればすぐに分かります。このブログでもいずれすぐにわかります。)で弁護士をしています。このブログを開設した時点で7年目です。



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