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残留孤児原告本人尋問2

国は、孤児たちを早期に帰国させることができなかった理由として、
努力したんだけれども、中国は広いので探すのにも限度があった、
みたいなことを言っています(そればかりではありませんが)。

しかし、
私が尋問を担当した原告について、国がもっていた資料によれば、
1945(昭和20)年9月に吉林にいたことが確認されており、
その後、吉林から撫順へ向かったようだ、ということも記載されています。
そして、
その原告は、1949(昭和24)年、撫順市の公安局で、
日本人として外国人登録をしていたのです。

撫順へ行ったことまではわかっていたのだから、
撫順市に問い合わせることくらいはできなかったのか・・・
そこに残っている日本人がいないかどうか問い合わせをすれば、
その原告が浮かび上がってくる可能性は高かったはずなのに・・・
その原告が永住帰国することができたのは1994(平成6)年、
実に半世紀にわたって帰国がかなえられなかったのです。

国はこの事実をどのように受け止めているのでしょうか・・・


さて、当の尋問はといえば、
・・・まだまだ精進が必要です。日々努力です。
次回は3月16日です。

コメント

本当に探してくれていたのでしょうか。自分達の事で手が一杯で、国共内戦やら文革でくちゃくちゃになった国に残された、しかも子供の事なんか、本当はどうでもいいと思っていたのではないでしょうか。
もしも、その時本当はどうでもいいと思ってしまったなら、それでもいい。でも、だったらなおさら、帰ってきてからの応対に不備があった事や、今の経済的支援が充分でない事は認めて欲しいですよね。
また次回の記事を楽しみにしております m(__)m

国はおそらく探してはいなかったのでしょう。
今からでも遅くはありません。
孤児たちが日本に帰ってきてよかった、
と思えるような施策をお願いしたいと思います。
3月5日は大阪で全国弁護団会議がありました。
大阪では3月25日に結審(注:審理を終えること)し、
あとは判決を待つばかりとなります。
京都や他の全国での訴訟にも当然影響がでてきます。
大阪の動きには全国が注目しています。

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某所(旧ブログを見ればすぐに分かります。このブログでもいずれすぐにわかります。)で弁護士をしています。このブログを開設した時点で7年目です。



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